脊椎脊髄疾患の主な治療法

主な保存療法

腰痛症に対する保存療法

腰痛症とは、腰部の痛みと運動制限を認め、通常下肢のしびれ感や麻痺などの神経学的所見を認めない状態の総称です。急性に生じた場合には、一般的に『ぎっくり腰』と言われています。痛みの原因は、筋肉、靭帯、椎間板、椎間関節にあるとされていますが、いまだ不明の点も多く残されています。時には他の腰椎疾患の前ぶれとして生じている場合があります。治療は急性、慢性の腰痛症によって多少異なりますが、保存療法が中心となります。

安静、生活習慣の改善
痛みは腰にかかった負担によって筋肉や関節部で起きた炎症のため生じるとされています。そのため、まずは安静により腰にかかる負担を減らすことによって、回復が期待されます。また日頃からストレッチや筋力訓練を行ない、腰部周囲の筋肉のバランスを整えることは腰痛の再発予防につながります。腰痛が消失するまで安静を保つ必要はなく、動ける範囲で日常生活を維持したほうが、治療効果が高いことが科学的に証明されています。
装具療法
局所の安静を保つことで、痛みの軽減や早期の回復を期待し、腰椎装具を使用する場合があります。装具には様々な種類がありますが、一般的に腰痛症の場合には軟らかい簡易なもので十分です。装具着用の目的と装着期間につきましては、病状により異なりますので、担当医とよく相談して下さい。
内服・外用薬治療
鎮痛目的には一般的に非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)などの鎮痛薬を使用します。また痛みにより緊張した筋肉を弛緩させるために筋弛緩薬も使用されることがあります。
ブロック療法
トリガーポイント(発痛点)に局所麻酔薬や抗炎症薬を使用する事によって痛みを治療する方法です。トリガーポイントをブロックしますと、交感神経系の異常な興奮が抑えられ、局所の血行が改善され、発痛物質(痛みを誘発する物質)が抑制され、痛みが緩和されると考えられています。

上記の治療は神経症状を認めない一般的な腰痛症に対してのものです。腰痛の中には、内科的な疾患を含んだ他の疾患がひそんでいる場合がありますので、時には外科的な治療が必要になる場合もあります。まずは脊椎脊髄病の専門医を受診し、確実な診断を受けることをお勧めします。

頚椎疾患の保存療法

頚椎部のさまざまな病変によって頚部痛、肩甲部痛、上肢の痛み、しびれ感が生じますが、これらの症状は筋肉の持続的な緊張を生じ、筋炎、筋膜炎の原因となり、さらに症状を悪化させる可能性があります。頚椎は日常生活において、胸椎や腰椎に比較し、運動頻度が高く、運動範囲が大きいという特長があります。さらに、頭部をのせる支柱の役割があるため負担がかかりやすく、症状が首の動きにより増強すると考えられます。

安静と薬物・装具療法
頚椎カラー装具

頚椎疾患の保存療法としてはまず安静と薬物療法が第一選択と考えられています。一番の頚椎の安静位は顎を軽く引いた状態で前上方を向いた姿勢をとる状態であり、この姿勢を保持することは大切です。しかし、痛みが強い場合には、頚椎装具を装着して頚椎を安静にすることで痛みが和らぎます。また鎮痛剤などの投与も有効です。

理学療法
頚椎牽引

持続する症状に対しては、温熱療法、牽引療法などの物理療法が有効なことも少なくありません。温熱療法は疼痛や、筋肉の痙攣を軽減させ、血行改善が期待され、筋肉の拘縮が有る場合に特に有効と言われています。牽引療法は頭部による頚椎への荷重を軽減し、運動を制限して安静を保ち、硬直した筋肉を緩める作用があると考えられています。慢性に持続する症状には運動療法が行われます。これは患者自身が自ら積極的に行う治療法です。拘縮や過緊張をきたした筋に対するリラクセーション、弱くなった筋力の回復、筋肉相互間のバランスの乱れを整えるなどの効果があると考えられています。複雑な運動より、単純な体操、運動が効果的といわれておりますが、いずれにせよ短期間では十分な効果は期待できないため、根気強く継続する必要があります。

神経ブロック療法
こうした初期治療が無効の場合、あるいは痛みが激しい場合は神経ブロック療法を含めた種々の注射療法を行うこともあります。痛みの伝導路を遮断する目的で行われ、一時的、時には半永久的に痛みを和らぐ患者さんが少なくありません。
これらの保存療法は全ての方に同様に有効というわけではありません。ご本人に合った治療を担当医の先生と相談しながら進めることが重要です。また、治療効果が不十分のまま漫然と継続すべきではありません。明らかな筋力低下、筋肉の痩せ、歩行障害、書字、つまみ動作の不具合など症状がある場合は手術が必要なこともあるため、早めに脊椎脊髄病の専門医を受診しMRIなどの精密検査を行うことをお勧めします。

腰部脊柱管狭窄症に対する保存療法

腰部脊柱管狭窄症は神経の通り道である脊柱管が先天的または後天的に狭くなり、脊髄神経根や馬尾を圧迫し、下肢の疼痛、感覚障害などの多彩な症状をもたらす病気です。本疾患特有の症状として間欠性跛行(はこう)が生じます。これは歩行の持続に伴って両下肢のしびれ感、痛み、脱力が生じ、やがて歩行不能となる症状であり、腰を掛けた状態での休憩やしゃがみ込むことで、症状は軽快します。姿勢変化の関与が非常に重要で、自転車や乳母車を押すなど、腰を前かがみにした姿勢では症状が出ないことが多いです。
腰部脊柱管狭窄症による下肢の筋力低下や感覚鈍麻といった麻痺の症状、著明な歩行障害、頻尿・便秘といった膀胱直腸障害などが出現した場合には、手術の適応となりますが、腰や下肢の痛みが主な場合はまず保存療法を考慮します。

生活上の注意
台所などで長く立っていると下枝しびれたり痛くなってきたりする場合は、肘をつくようにする、あるいは、5-10cmくらいの足台に片脚をのせるといったように、腰椎の前彎を軽減させる姿勢をとると、より長く立っていることが出来ます。また、歩行の時に杖をついたり、老人車を押すことで、少し前かがみの姿勢をとると、より長く歩くことが出来ます。
薬物療法
腰や下肢の痛みが強い場合、消炎鎮痛薬やビタミン剤の内服が有効なことがあります。また、最近、プロスタグランジンというお薬が圧迫されている神経の血流を改善させ、しびれ感や間欠性跛行(はこう)を軽減させる効果があることが分かってきました。症状に応じて点滴や内服で投与します。こうしたお薬の効果には個人差が大きいため、主治医と良く相談の上、服用してください。
安静
急激な腰痛、下肢の痛みには、初期治療として、安静が有効です。しかし、長期間、床に伏すことは、循環機能・呼吸機能の低下、褥創、関節の拘縮、筋力の低下といった2次的弊害が大きな問題となるため、痛くない範囲で動くことも大切です。
運動療法
体幹の屈曲運動を中心としたストレッチや筋力強化訓練を行います。筋力が強くなることで腰が安定して腰痛、下肢痛の軽減、日常生活の適応性の改善が見込まれます。歩行練習は、過剰に行うとむしろ間欠性跛行(はこう)が悪化することがあるため、歩行はできる範囲で行い、遠くへの移動には自転車や車の使用をお勧めします。決して無理しないことも重要です。
装具療法
コルセットに代表される装具は、腰椎の反り過ぎを抑えるとともに腰仙椎の支持固定の働きも兼ねており、神経根や馬尾が圧迫されることによる下肢痛、間欠性跛行(はこう)といった症状の軽減を目的として使用することがあります。
物理療法
温熱療法等によって局所の循環が改善され、痛みを誘発する代謝物の除去、筋痙攣の緩和、刺激効果、心的効果などがもたらされると考えられ、時に有効です。
注射療法
下肢の痛みが著しく強い時は、硬膜外ブロックや神経根ブロックなどの注射療法が有効なことがあります。注射の効果には個人差が大きいため、担当医と良く相談のうえ、適応を決めてください。

主な手術療法

背骨の手術には大きく分けて、中を通る神経の圧迫を取り除くためのものと、ぐらついた背骨を固定(安定化)するためのものがあります。手術が必要になるのは、次のような場合です。

椎間板や骨などにより神経が圧迫され、手足の運動や感覚に障害が生じた場合
椎間板ヘルニア(頚椎腰椎)、腰部脊柱管狭窄症頚椎症・頚髄症後縦靭帯骨化症など
腰痛や頚部痛が強く日常生活や仕事に支障を及ぼす場合
腰椎すべり症頚椎症、椎間板ヘルニア(頚椎腰椎)など
背骨の変形が著しい場合
脊柱側弯症、変形性脊椎症、変性側弯症など
腫瘍や感染により背骨が破壊された場合
転移性脊椎腫瘍化膿性脊椎炎など

一般的には、薬物療法や理学療法などの保存的治療を十分に行っても効果がみられない場合に限って手術を行うのが原則です。しかし、重大な神経麻痺が生じたり、腫瘍による背骨の破壊が起きつつある場合などは緊急に手術を行うこともあります。いずれにしても主治医から手術の必要性と合併症の危険性について十分な説明を受け、納得したうえで承諾することが重要です。
以下に、部位別に主な手術の概要を説明します。

頚椎の手術

前方固定術
神経を圧迫している椎間板や骨のかどを取り除き、その部分に骨を移植して固定するものです。移植には通常、骨盤から取ったブロック状の骨を使います。一般的に手術後1~3ヵ月程度、頚椎の装具をつける必要があります。頚椎椎間板ヘルニア頚椎症性脊髄症などに行われます。
椎弓形成術・脊柱管拡大術
脊髄の通る管(脊柱管)が狭くなり、神経を圧迫して、手足のしびれ感・痛みや運動障害が顕著になった場合に行います。頚椎症性脊髄症後縦靭帯骨化症などが対象となります。脊柱管の屋根の部分にあたる椎弓を開いて脊柱管を広げ、神経の圧迫を取り除く脊柱管拡大術が一般的に行われています。脊柱管拡大術は、このほかにも色々な方法が開発されています。手術後の装具着用期間は1~2週間程度と短期間です。
環軸椎固定術
関節リウマチなどの疾患では、第1頚椎(環椎)と第2頚椎(軸椎)がずれて、頚部痛や手足のしびれ感を起こすることがあります。このような場合は、環椎と軸椎の間に骨移植を行い、ワイヤーやネジを用いて固定する手術を行います。手術後1~3ヵ月程度頚椎装具を着用します。

腰椎の手術

椎間板切除術

椎間板ヘルニアによる神経の圧迫症状が強い場合に行われます。従来から、背中側から入って椎弓の一部を削り、椎間板を取り除く方法が最もよく行われています。手術後2~3日目から歩行開始し、入院期間は2~3週間程度です。最近では、小さな傷で手術を行う低侵襲手術が普及してきています。低侵襲手術には、顕微鏡下椎間板切除術(micro-discectomy: MD)、PED(経皮的内視鏡下椎間板切除術)、内視鏡下椎間板切除術(micro-endoscopic discectomy: MED)(図)があります。手術の傷は、MDで3cm弱、MEDで2cm弱と小さく、いずれの方法も手術後の痛みが少ないのが特長です。手術翌日から歩行でき、早期に退院が可能です。

椎弓切除術
脊柱管狭窄症などで下肢痛や歩行障害が著しい場合に行います。椎弓を全て切除する広範囲椎弓切除術と、隣り合う椎弓の一部を切除して窓をあけるようにする腰椎開窓術(内側椎間関節切除術)があります。手術後3~5日程度で歩行可能です。手術後はコルセットを1~数ヵ月程度着用します。椎弓切除術は、しばしば次に述べる椎間固定術と併用されます。
椎間固定術
腰椎すべり症などで、椎骨と椎骨の間にずれや不安定性が生じた場合は、椎骨間を固定する必要が出てきます。背中側から入って椎骨と椎骨の間に骨移植する後側方固定術(PLF)、後方侵入椎体間固定術(PLIF)や、腹側から入って骨移植する前方固定術(XLIF、OLIF)などの方法があります。(図)
小皮切で少出血で行える前側方固定術(OLIF)
移植する骨は骨盤から採取します。骨移植に金属による固定を併用することがあります。固定術は背骨の外傷や腫瘍に対しても行われます。手術後は、コルセットを数ヵ月間着用する必要があります。

その他の脊椎手術

胸椎の手術
胸椎における脊髄圧迫性病変(後縦靭帯骨化症黄色靭帯骨化症椎間板ヘルニアなど)に対しては、胸を開いて前方から行う前方手術と後方から背中を切開して行う後方手術があります。脊髄の圧迫を取り除いた後には、骨盤から採取した骨を移植し、特別な金属で固定する脊椎固定術を追加する場合もあります。また脊髄を圧迫する病変がなくても、感染や腫瘍により背骨が破壊されるような場合には、これらの病変を前方法、後方法または両方で除去した後に脊椎固定術を行います。骨粗鬆症による圧迫骨折がなかなか治らずに背骨が変形したり、脊髄の圧迫による下肢の麻痺などの症状が出る場合にも、上記のような手術を行う場合があります。
側弯症手術
側弯の原因となる疾患や年齢により手術治療の時期と方法は異なります。最も一般的な思春期特発性側弯症では、胸椎の弯曲角度が45-50度以上、腰椎では40-45度以上を越えるようになると矯正手術が必要になります。手術法には胸やお腹を切開して行う前方法と背中側を切開して行う後方法があり、弯曲の部位や変形の硬さ、全体の背骨のバランスを考慮して選択されます。いずれの場合でも矯正する背骨の部分に金属を設置して変形の矯正を行うと共に、自身から採取した骨の移植を行います。 10歳未満の早期発症側弯症では、背骨を固定せずに成長を温存したGrowing rod法などが選択されることがあります。成人の側弯症や後側弯症では、立位保持障害を伴う高度な腰痛やバランスの障害、食欲不振や胃食道逆流症(GERD)、下肢の疼痛、しびれ感を伴う場合があり、手術治療を要します。この場合にも上記の前方法、後方法またはその合併など、弯曲の部位や変形の硬さ、全体の背骨のバランスを考慮して選択されます。
脊椎最小侵襲手術
手術を行うためには手術部位を開いて術者の手が届くようにしなければなりません。手術の侵襲を小さく、すわなち皮膚の切開を小さくして周辺臓器への負担を軽減させるべくさまざまな取り組みがなされてきました。なかでもわが国で開発された関節鏡は今や世界中に広がり、また腹部外科、婦人科、泌尿器科など多くの診療分野で鏡視下手術として普及しています。脊椎外科においても椎間板ヘルニアを内視鏡下に摘出する手技が広く普及しています。皮膚切開が小さく済み、術後の疼痛も軽減でき、早期に退院や社会復帰が可能となっています。使用される器械の進歩にともなってさらに小さい傷で手術部位に到達する方法も臨床応用されています。また椎間板ヘルニアだけでなく頚椎や腰椎の脊柱管狭窄症に対しても内視鏡が応用されています。内視鏡を使用しない場合でも微鏡を併用したり以前とは違った進入方法や機器の使用で身体への侵襲を減らす工夫がなされてきました。脊椎手術のなかには脊柱を安定させたり、脊柱の並びを矯正するために金属などの内固定材料をもちいて固定するものがあります。このような手術ではときとして大きな皮膚切開を要することがありましたが、器械の改良や手技の進歩、また内視鏡の併用のおかげで小さな皮膚切開で同じかあるいはそれ以上の効果を得ることができるようになりました。身体への負担が軽くできることはこれまで他の合併疾患のために手術ができなかった患者様にも手術を受けていただきやすくなったことにつながり、大きな利点といえます。
筒状のカメラを用いて、小さな皮膚切開でヘルニアを除去しています。

安全な手術のための技術

脊髄モニタリング

脊髄腫瘍の手術や側弯症手術をはじめ、脊椎脊髄手術は高度な技術を駆使して行う外科領域ですが、その一方で神経への侵襲が加わることもある分野です。難しい手術を行うと、手術後に麻痺が出現してしまうことがあります。手術は全身麻酔で行うため、こうした手足の神経麻痺が実際に生じているのか否かを客観的に術者が外から判定することができませんでした。すなわち手術が終わって麻酔が覚めた後、手足が動くことを確認することでしか手術中の神経障害を判定することができなかったということです。しかし近年は術中脊髄モニタリングといわれる新しい技術が広く普及しはじめたことで、こうした予想外の神経麻痺を回避することができるようになっています。

実際の脊髄モニタリング機器とMEPやSEPモニタリング検査。

麻酔がかかった後、頭部や手足に電極をつけ、手術中に電気刺激を行いながら手足の筋肉の電流をモニターすることで、客観的に神経のダメージや障害の生じた手術部位の高位などの判定が可能になっています。具体的には、MEP(motor evoked potentials: 運動誘発電位)・SEP(somatosensory evoked potentials: 体性感覚誘発電位)といった術中脊髄モニタリングシステムを用いて検査を行います。日本脊椎脊髄病学会では脊椎脊髄手術を行う際にアラームポイント(危険域)を設定して手術を行うことで、術後の麻痺が減少することも報告しています。確かに避けられない麻痺が出現することもありえますが、こうした技術を駆使することで、脊椎脊髄手術を安全に遂行することが最近は可能になってきています。

脊椎ナビゲーション手術(CAOS)

脊椎は私たちの体の中で最も重要な部分の一つです。脊椎の手術はその周囲に脊髄という中枢神経や大きな血管、重要な内臓などが非常に近くにあります。脊椎ナビゲーションシ手術とは、コンピューター支援手術(CAS;Computer Assisted Surgery)のひとつです。その原理は手術前に得られる画像情報をコンピューターに取り込んで特殊なソフトで解析し、最適に画像に再現することで正確な手術を補佐するというものです。それにより3次元的位置を計測し、今までは見ることが出来なかった断層像をほぼリアルタイムで観察しながら、より安全で精度の高い手術が可能になります。これは皆様の身近にあるカーナビゲーションをイメージしていただければ、よくわかると思います。脊椎手術用ナビゲーションシステムは従来の開放手術において大きな自信と正確性をもたらすとともに、先進の低侵襲技術により、手術中のレントゲン撮影の必要性を軽減し、それにより患者と執刀医の放射線被ばく量を軽減することができます。

脊椎ナビゲーション手術の原理